むりに生活レベルを上げても幸せには繋がらない

お金
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何が贅沢になるのかは、人によって全く違うもの。

一人暮らしで節約生活を始めるようになった時、私は冬になると、ほぼ毎日の夕食を鍋にしていたのだが、たまに食べるケンタッキーがとても贅沢に感じていた。

そして、そのたまにの贅沢が、とても幸せに感じていたのである。

生活レベルは一度上がってしまうと、下げるのは難しい。

日頃から、意識的に下げる努力をしていた方が、きっと上手く生きていけると思う、今日この頃。

20数年ぶりに実家暮らしをしてみて、親の生活ぶりが贅沢に感じてしまう自分がいるのだが、それを一番感じているのが、毎日の食事。

散財系の母は、料理をするのも人に振る舞うのも得意なので、食事を作る時は一汁三菜・・・というか、三菜以上?

昨日なんか、肉も魚も同時に出てきたぞ( ̄Д ̄)ノ

準備する母も、それくらい準備するのが当たり前だと思っているようだし、父もそれを当たり前のように食べている。

子供の頃は、私も当たり前のように食べていたのだと思われる。

本来なら、いつもそのようなご馳走を用意してくれる親に、感謝の念を持たなくてはいけないのだろう。

が、正直に言って完全に食べ過ぎであるし、食費がかかりすぎである。

食べ盛りの中学男子がいるわけでもあるまいし、おまけに父のてっちゃんは家からほとんど出ない、糖尿病だぞ?( ゚д゚)

それに子供の頃を思い出してみると、いつも両親はお金のことで怒鳴り合っていたし、私が働き出してからは、割と気軽に「お金を貸して」と言って来ていたが、なんでそんな事態になる前に生活を見直すということをしてこなかったんだろう?と、不思議に思った。

最初は、母の買い物にもいちいち口を出していた、ワタクシ。

「それ必要?」「買い過ぎじゃない?」「まだ冷蔵庫に残ってるじゃん!」などと言うたびに、母は嫌そうな顔をして、鬱陶しがった。

また「お金貸して」と言い出さないように、将来的に(親ではなく私が)困らないように、少ないお金でやりくりするということを心がけて欲しかったのだが、親からしてみれば、そんな節約に何の意味もないと考えているようであった。

そりゃそうかも。私にとっては十分贅沢に見える生活でも、親にとってはこれが必要最小限の、心が豊かな暮らしなのである。

そう思うと、実家の片付けと同様で、もうどうにもできないと感じるようになった。

やっぱり物は少ない方がいい理由

現在、実家では1週間の半分は私が食材を買って来て、料理するという形になっている。

どこでどうなったのか分からないのだが、今のところ、そうなった。(無職のくせに全食作れという声はスルーさせていただく)

実家に居候させてもらっている身なので、本来ならこの家の当たり前に合わせないといけないのだろうが、私が母のような買い物をしてしまったら、蓄えはあっという間になくなってしまうし、何品も作るようなスキルもないので、いつもおかずを一品のみ。

今のところ、苦情は出て来ていない。( ̄Д ̄)ノ

実家暮らしでも、生活レベルを上げないことを意識して、幸せな一人暮らしを目指したいと思う、えみ子さんなのであった。

ではでは。

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コメント

  1. とまと より:

    常に食材がたくさんあってすごいなぁ!と思いました。また、充実した食生活で夫であるお父さんは幸せだなぁ!と。一番に食費にお金をかけることなのかな…と思ったりしました。私も親世代はよく買うなぁ…浪費も含めて、、などと感じます。週の半分は食材を買い料理をしているなんてすごいですよ。

    • えみ子さん より:

      とまとさん
      親世代と同じことをしていたら、お金がいくらあっても足りません。
      そんな私が作るのは、野菜炒めのようなものばかりです・・・。

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