何とかなると思える生き方

内面の迷走
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困っている時、いつも「何とかなる」を連発する人が、私の身近にいる。

それは、私の散財系の母である。→親の本質を考える【母】

正直言って、超羨ましい。( ̄Д ̄)ノ

そんな母と、同じようなマインドが娘に受け継がれなかったのが残念。

私は、わりと「もうどうにもなりません」と、絶望しがちだから。

しかし、今からでも見習って「何とかなる」と言えるような人になりたいと思っているのである。

何とかなると言える人

何とかなると言える人は、自分で何とかするというより、人が何とかしてくれると思える人ではないかと思う、今日この頃。

よく見れば、甘えるのが上手とも言える。

散財系の母は、娘と違って友人が多い。

私が地元を離れた時は「寂しい」と言っていたが、現在では周りの友達と助け合いながら、楽しく毎日を過ごしているようだ。

その母と友人たちとの関係は、「何とかなる」と思えない娘には、到底真似できない。

散財家の母は、困っている友人たちのためなら手間も暇も、なんならお金だって出し惜しみしない。

娘よりも友達を優先するくらいだ。

子供の頃、「付き合いだから」と言って友人から頼まれれば、掃除機を買い、保険に入り、化粧品を買ったりしていた。

それらは家庭内紛争の原因となっていたのだが、それでも破産することなく、何とかなった。

お金に困った時は、娘に言えば「何とかしてくれる」と思っているようにも見える母が嫌になったこともあるが、そうやって関係を続けてきた人たちが、実家に野菜・魚やお菓子やらを持って遊びに来ている姿を見ると、これもアリなのかなと思う。

何とかなると思えない人

それは、母から「何とかなるマインド」を受け継がなかった娘の私である。

私が友人から掃除機や保険、化粧品を勧められたりしたら確実に距離を取るし、困っていたとしても、その友人の見る目は変わる。

仮に断りきれなくて購入したとしても、絶対に見返りを求めてモヤる。

人のために尽くしすぎても、関係は良くならない 

損得勘定を考えすぎると、人は離れる

逆に、自分が何かに困っていたとしても、誰かに助けを求められるかは分からない。

以前、テレビで独身の中年男性が孤独死していたニュース番組を見たことがあった。

その男性は何かの病気にかかっていたのだが、それを遠く離れた両親にも、友達にも言えず、一人暮らしをしているアパートで亡くなっていた。

そのアパートには、両親から送られた段ボールの荷物が、開けられないまま残っていたそうだ。

その番組を見た時、正直、「私もこうなる可能性がある」と思った。

自分が病気になっても、両親に言える気がしないし、友達にはもっと言えない。

人を巻き込む

何とかなると思っている母と、思えない娘の違いは、人を巻き込めるかどうかにある。と、思う。

これは、世代間の感覚の違いでもあるのかもしれないけど。

自分がどんなに困っているか、どんなにシンドイか訴える力が大事なのかもしれない。

母の友人だって、掃除機や保険、化粧品を堂々と母に勧めているし、母も困れば友人や娘に助けを求める。

対して、娘の数少ない友人関係はどうだろう。

なるべく迷惑をかけないように、不快な思いをさせないようにがモットー( ̄Д ̄)ノ

気を抜いたら、あっという間に連絡が取りづらくなる距離感を維持している。ダメだコリャ。

とりあえず、困っているなら「困っている」、シンドイなら「シンドイ」と言えるマインドを心がけたいと思う、えみ子さんなのであった。

ではでは。

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