近くの反面教師で学ぶこと

内面の迷走
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反面教師とは、悪い面の見本で、それを見るとそうなってはいけないと教えられる人や、事例のこと。

この反面教師は、職場だったり、友達だったり、家族だったり、たまたま入ったお店の店員さんだったりするが、私にとっての反面教師は、父のてっちゃんである。

親の本質を考える【父】

もはや、自分の親と思えないほど理解不能。

居候の身であるし、一応、歩み寄る努力はしてみたものの、やっぱり無理。

歳をとったら、親のありがたみが分かる時が来るということを、何かで聞いたり読んだりしたことがあったが、本当にそうなのか?

私にもそんな日がいつか来るの?( ゚д゚)

知れば知るほど、こんな人間にはなりたくないと思ってしまう、今日この頃。

私が、なぜてっちゃんのようになりたくないと思うのか。

それは、てっちゃんいにはギブandテイク(相手に利益を与え、自分も相手から利益を得ること)の精神が全くないからである。

親子関係であろうと例外はなく、私が学生の頃は進学のためにいる、制服代、教科書代、その他諸々のお金を出すたびに、ものすごく嫌そうな顔をし、実際口から出てくる言葉は、「困った」だけ。

妹にお金がかかるようになると、家の中で透明人間のように存在感を消し、働き出したばかりの私が必要経費を出すと分かると、途端に笑顔になり「悪いなぁ、してあげたかったけどね」で終了。

それでも、子供の頃の食費や学費を出してくれたのは事実なので、感謝しないといけないんだろと思った。

が、私が買ってきたお菓子も隠れて食べるし、孫のジュースも気がついたら飲んでしまっているのに、自分から買ってきてあげようということはない。

ご近所さんから色んなお菓子や魚を貰たりした時も、自分が誰よりも喜んで食べるのに、「いつものお礼に」なんてことは1ミリも考えず、貰いっぱなしだし、共同駐車場の草刈りは、他の人がしてくれた時は全ての駐車場の草を刈ってくれているのに、てっちゃんは自分の車を止める場所だけ。

お金だけではなく、人のために1ミリも動きたくない模様。

動けないのではなく、動かない。( ̄Д ̄)ノ

自分がお客で強い立場だと思うと、若い店員さんなどには平気で横柄な態度をとるし、正直言って、ここまで恥ずかしい親だったっけ??とさえ思ってしまう。

そのようなてっちゃんは友達もいないし、自分の兄弟からも距離を置かれ、家族からも冷遇されている。

自分の人生なんだから、好きにすればいいさと思うようにしているが、このまま尊敬することなく、好きになれないまま○んでいくんだろうなぁと思ったら、やっぱり悲しい。

そして、こんな老人になりたくないと、強く思うものの、悲しいことに親子は似てしまうもので、気をつけていないと、てっちゃんに似た部分がひょっこり出てきてしまう。悲しきDNAである。

あわよくば自分が与えたものよりも、多くのものを人からもらいたい。損したくない。

そのような自分に気がついた時は、てっちゃんを反面教師として思い出す。

そんなことをしていると、間違いなく孤独死が待っているぞ!と、自分に言い聞かせる、えみ子さんなのであった。

ではでは。

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