毒親要素を探すのではなく、毒娘宣言をする

家族の迷走
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少し前から、毒親という言葉を聞くようになった。

この言葉を知った当時は、毒親に育てられた子供の特徴が自分にまるっと当てはまったので、ひょっとして私の親は毒親なんじゃ・・・?と思ってしまったほど。

しかし、私は衣食住に困ったこともないし、(自分の思い通りにならなかったとしても)色々と手をかけてもらったのは事実で、毒親かもと思ってしまったこと自体に、ものすごい罪悪感に苛まされた。

それに、どのような親でも毒親要素を探そうと思えば、いくらでも見つかるのではなかろうか。

子供の頃がどうであろうと、もういい大人になった今、自分のことを自分で考えて生き抜かなくてはならない。

そのために、私はここに毒娘宣言をしたいと思う。

毒親に育てられた娘の特徴

親を毒親とは言えないが、私は毒親に育てられた娘の特徴というのに丸っと当てはまる。

  • 自分に自信がない
  • 他人と比較して落ち込む
  • 他人に臆病になる
  • 自己評価が低い
  • いつも罪悪感がある
  • 人に嫌われたくない
  • 依存心が強い

特に親に対しては、いつも罪悪感を感じる。

親の考えがおかしいと思う時、それに意見した時、意見した後に親が怒った時、悲しい顔をした時。

これがとてつもなく苦しくなるので、今まで私が親と距離を取りたかった大きな理由である。

親の本質を考える【母】

親の本質を考える【父】

背に腹はかえられぬ

そんなに親といるのが苦しくなるなら、子供部屋おばさんなんかになるなよ。という声が聞こえてきそうである。

子供部屋おばさん爆誕

確かにそうだし、私もそれだけは避けたいと思って今まで仕事も頑張ってきたのだが、その仕事も行き詰まってしまったので、背に腹はかえられぬ。

私は一度、病んだ事があるのだが、原因は仕事に大きなストレスを抱えていたのが大きい。(それだけじゃないけど)

その時は、船から逃げることをプライドが許さなかったし、逃げ場もないと思い込んでいたので、出来なけりゃ人生終わりくらいに思っていた。

周りから見たら超危険人物化していたのだが、友人が手を差し伸ばしてくれなかったら、本気で危なかったと思う。:(;゙゚’ω゚’):

友人の助けもあって、その時はなんとか危機を脱出できたのだが、次は病む前に必ず退職すると決めていた。

親と円満に暮らす自信はないが、嫌になったらまた違う道を探せばいい。

とりあえず、考えるための時間と場所を確保するのが先だと考えたのである。

毒娘宣言

実家に戻るからには、どんな親であろうと上手くやらなければならない。

それが居候ってもんでしょ( ̄Д ̄)ノ

私は今まで、親のことも真面目に考えてきたつもりだが、それでは自分が苦しくなるばかりであった。

おそらく、親の顔色を窺って行動していたからだと思われる。

先日も母と昔話になった時、「子供の頃、インフルエンザになったり高熱を出したりした時にほっとかれた」というようなことを言ったら「被害妄想」と、一喝された。

若い頃なら、私が辛かったということを分かって欲しかったし、慰めたり、寄り添ってほしいと思っていたので、そのようなことを言われる度にがっかりしていたものである。

が、今そんなことをいちいち気にしていては、実家で生き抜く事ができない。

親の顔色を気にして、親の思う通りに動いていた子供の頃とは違うのだよ。

親の言う事を「ふーん」と聞き流しながら、自分に害がないように立ち振る舞うための、毒娘宣言である。

無職の娘を迎え入れてくれた親を「そんな風に思うなんて!!」と、お叱りの声が聞こえてきそうだなと思う、えみ子さんなのであった。

ではでは。

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