世の中には、友達のように仲の良い母娘もいれば、馬が合わず、疎遠になっている母娘もいるという。
ちなみに、私はどちらでもない。
しかし、母親との距離が近くなれば苦しくなってくるし、距離を取ろうとすると、今度は罪悪感に駆られる。
親不孝な娘なのかもしれないが、『母親に不信がられないように距離を取る』が私のモットー。自分の、良好な精神状態を維持するためには必要なことである。
物理的距離を取る
働き始めて実家を出たが、地元にいた時はよく実家に帰っていた。
良い母娘関係だったので、よく実家に帰っていたし、母親もアパートまで来ることがあった。
ところが10年前、地元を離れ現在の職場で働き出したら、実家に帰るのは年に2回くらい。最初は寂しくなるのかと思ったけど、全くそんなことはなく、むしろこれくらいの距離感の方が良いとさえ思ったのである。ヨッ!正直者。
と同時に、最初は寂しがる母親に、かなりの罪悪感を持ったのも事実。
なぜ自分は母親と物理的な距離ができることで、こんなにも開放的な気分になったんだろうかと、考えた。
小さい頃から、私にとって母親は、悩みを聞いて寄り添ってくれると言ったイメージはない。どちらかと言うと、母親の愚痴を聞いている方が多かったように思う。そして自分は旦那の愚痴を散々言うのに、私が愚痴ると「お父さんも悪い人じゃない」と言いだす謎。
私の愚痴や悩みは、基本的にたしなめられるので、自分のことを母親に話すのは今でも苦手。
たとえ母娘であっても、一方的に愚痴を聞き続けるのはキツいのである。楽しい話もあるけれど。
罪悪感との戦い
母親の愚痴に、何度か物申した事があるが、ものすごく悲しそうな顔をしたので、それ以来なるべく言わないようにしている。
やはり、罪悪感に駆られるからだ。
親は子供が大事。それはそう思っているんだろうな、ということは分かる。分かるからこそ増す、罪悪感。
母娘の行く末は?
親も歳をとったので、先の事を考えると不安になる。
きっとそれは母親もそうなのだろう。
分かる。分かるんだが、考えてほしい。
母親は結婚して、旦那も一応健在。フルタイムで働かなくても生活出来ていたし、子供は私と関東に住む妹。
子供は近くには住んでいないが、内向的な娘と違い、周りには友達が沢山いる。
それに比べ、娘の方は結婚してるわけでもなく、子供ももちろんいない。長年働き続けた職種にも限界を感じてるし、友達も多い方ではない。
その娘が感じる、年老いた母からのプレッシャー。何かあった時は、よろしくね!って言われてるような気がするんだが。(妄想)
このプレッシャーから、辛く当たってしまう事がしばしばある。そして再び罪悪感。
そんな私は、母との距離が近くなり過ぎると、苦しい。
程よい距離を取りつつ、意識して優しく接することが、良い母娘関係を保つ方法だと思うのである。
ではでは。
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